カワイイ家庭教師
二○○六年とは、高校に新学習指導要領が導入される二○○三年に高校入学した学生が大学に入る年。
このとき学力低下は深刻化しているのではないかという心配です。
受験で子どもにつらい思いをさせたくない、勉強はできなくてものびのびと育ってほしいと願うがゆえ、いちばん大切な時期に親が子どもの学ぶ力を伸ばせないとしたら、結局は子どもは生涯にわたり苦労を課せられてしまいかねません。
最近のデータによると、学校以外ではまったく勉強しないという子どもが四割もいるそうです。
授業を聞くだけで一○○点をとれる子どもならそれでもいいでしょうが、実際は学力が落ちていくばかりです。
本気で子どもの将来を考えるなら、国際社会を生き抜く力を、今、つけてあげることがいちばんなのです。
また、大学受験は一夜漬けでは突破できません。
そのために継続的に受験勉強を続けるために、つねに将来的なモチベーションを持つ必要がありました。
そこで養われた自己を動機づける能力は、現在も仕事を続けていくうえで大きな力となっています。
さらに、思春期と重なる受験時代を勝ち抜くためには不安にどう対処したらいいか、感り。
ともに苦しい一時期全く大切さを知ったのです。
私は中学時代、劣等生でしたが、現役で東大受験に合格しました。
そのきっかけとなったのは、自分なりの勉強法を工夫したことです。
それについては後で詳しくご紹介しますが、このときの受験勉強は、私に勉強以外にも多くのことを学ばせてくれました。
もっとも大きな財産となったのは、友人と共闘関係を組んだことでした。
友人を出し抜いたり、足の引っ張り合いをしても、何の得にもならないことを、受験勉強を通して実感したのです。
それぞれが自分の得意なことを教えあったり、受験に役立つ情報を交換したりもしました。
苦しい一時期を闘う中で、お互いがともに伸びていくためのネットワークを築きあげていったのです。
最大の学び場こそ、学生時代。
学生時代に一生懸命勉強することで、これらの能力も同時に培っていけ、性格形成にも多くのメリットがあるのです。
今、私がさまざまな研究を続けていけるのも、学生時代に身につけたこれらの能力によるといっても過言ではありません。
勉強は大事であるし、生きる力となります。
もう一つ、社会に出てから大きな財産となっているのは、自己モニタリング能力です。
得意な科目と苦手な科目のバランスをどうとれば合格点がとれるか、どのような時間配分で勉強していけばいちばん能率がいいか、徹底的に自分を分析し、ベストの対処法を見つけていくことができるようになりました。
これらの能力はすべて、社会の第一線で活躍していくうえで、大きな力となるものばかりです。
情をいかにコントロールしていくかをつねに考えるうちに、その能力が自然と身につきます。
子育ては、時代によって求められるものが変化します。
農業や漁業が主流であった第一次産業時代は、「強くたくましい子ども」に育てることが求められました。
肉体が屈強な子どもに育て上げなければ、社会で生き残ってはいけませんでした。
事実、日本がまだ貧しく医療も発達していなかった時代は、体の強い子どもでなければ自然淘汰されてしまうことも少なくなかったのです。
ところが、第二次産業時代になると一八○度変化し、肉体よりも頭脳に重きがおかれるようになりました。
いやな言い方かもしれませんが、いわゆる「性能のいい子ども」が時代の勝者となっていったのです。
学歴が重要視されるようになり、一般的には、大学を卒業するか、中学で終わるかで、将来の社会的な地位が決まってしまうこともありました。
もちろん学歴をものともせずに社会を勝ち抜いた立身出世の人々もたくさんいます。
でも、子どもの絶対数からいったら、やはりそれらは特別な例です。
たいていは、東大などの一流大学を出た秀才が企業の重職に就きました。
親にとって都合の「いい子」を育てるようになりサービス業を主流とした時代になるにつれ、イメージが重視されるようになりました。
人当たりがよく、つき合いを大切にする、いわゆるイメージのいい人が尊重されるようになっていきました。
勉強ができるだけではダメだと、学歴社会が批判されるようになってきたのも、この頃です。
でもこれは大きな錯覚で、東大卒でも民間企業で社長になるような人たちは、人当たりもよく人間味にあふれる人がほとんどです。
「勉強しているから性格が悪くなる」と短絡的に考えるのはおかしなことです。
このように産業構造の変化によって、自然の流れとして求められる人間も変わってきました。
私は子どもを、こんなふうに育てるつもりだ。
さて、現代はどうでしょう。
価値観が多様化した今、これだとはっきりしたものはありません。
ある種の自由により、親にとっては、どのような子どもに育てていけばいいのか、非常にわかりにくい時代に突入してしまっているようです。
問題解決力のある子と普通の子の差子育ての指針が不明確なこの時代、では、親は子どもをどのように育てていったらいいでしょう。
まず考えなければならないのは、受験に合格することは最終目的ではないということです。
大切なのは、人生を有意義に楽しめる人間になることです。
受験を突破することは、その出発点にしかすぎないのです。
私は、自分で自分の思考パターン、認知パターンをしっかり認知でき、それによって柔軟に自分自身で修正をしていける人間に育てること、これこそが、認知心理学的にみた「頭のいい子」だと考えます。
認知心理学というと難しいことのように感じてしまうかもしれませんが、心配することはありません。
私は多少勉強しているので専門用語を使いましたが、認知心理学の世界で「頭のいい子」とは、一言でいえば、問題解決能力のある子です。
この問題解決能力というのは、いわゆる試験問題が解けて、試験でいい点をとれるということだけではありません。
人間関係にしろ、ストレスの対処法にしろ、目の前にある単私の子どもは自分を解決した。
純なトラブルにしろ、あらゆるものが「問題」であり、それらに対して適切に解決できる能力があるか、ということです。
人間関係をスムーズにできるのも、入社試験に受かるのも、問題解決能力があれば簡単なことです。
ただし、問題解決をするには、その基礎となる知識が必要です。
たとえば、お金のやりくりだって、問題解決能力のあるなしで大きく違ってきます。
毎日五○○円の定食屋で昼一食を食べている人が千円で三日間過ごさなくてはならない場合、知識がなければ一日は昼食を抜かなくてはなりません。
でも、牛井屋なら二九○円で食べられるとか、サービスランチを設定した店があることを知っていれば、三日間きちんと昼一食を食べられるし、バリエーションは広がっていきます。
さらにお金を前借りするという知識があれば、いつもの定食屋に三日間いけます。
社会での活躍だってこれと同じで、問題解決能力とそのための知識さえ備えていれば、案外簡単にできるのです。
問題解決能力のある認知心理学的に「頭のいい子」に育てるための条件として、まず第一に必要なのは、つねに明確な獲得目標を持ち続けることです。
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